キッズモデルを殺して俺も死ぬ
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創業融資

創業融資を受けたいと考えています。創業融資というのは、日本政策金融公庫などから
創業時にかなり有利な条件で融資を受けるというものです。
今日は書店で創業融資の本を買って、電車内では三木清の文章を読んでいました。
昨日田中美知太郎君が来てテルトゥリアヌスの本を持っていないかといっていたので今日探してみたが、『教父文庫』の中の独訳があっただけだった。それを取 り出して読んでいるうちに夕方になる。田辺耕一郎君が来て農民文学懇話会のことを話していると、渡部義通君来訪、ついで桝田啓三郎君が来る。田辺君ひとり 先に帰ってから渡部君と碁を二番打ち、三人で夕食をする。八時頃から誕生日の自祝のつもりで桝田君と一緒に銀座へ出て少し酒を飲む。そこで和田日出吉氏に 逢う。満洲へ来るようにと勧められる。十二時帰宅。すぐ床へ入って眠ったが、三時頃目が覚めてそれから眠れないので、ルナンの論文集を取り出して床の中で 読んでいると明方になる。
創業融資の事業計画書についてあれこれ考えながらさらに三木清の著作権切れの文章を読みました。
もちろん直接的には創業融資と何の関係も無いですが、行間を読むと見えてくるものがあります。
親鸞の思想は深い体験によって滲透されている。これは彼のすべての著作について、『正信偈』や『和讃』のごとき一種の韻文、また仮名で書かれたもろもろの 散文のみでなく、特に彼の主著『教行信証』についても言われ得ることである。『教行信証』はまことに不思議な書である。それはおもに経典や論釈の引用から 成っている。しかもこれらの章句があたかも親鸞自身の文章であるかのごとく響いてくるのである。いわゆる自釈の文のみでなく、引用の文もまたそのまま彼の 体験を語っている。『教行信証』全篇の大部分を占めるこれらの引文は、単に自己の教えの典拠を明らかにするために挙げられたのではなく、むしろ自己の思想 と体験とを表現するために借りてこられたのであるとすれば、その引文の読み方、文字の加減などが原典の意味に拘泥こうでい)す ることなく、親鸞独自のものを示しているのは当然のことであろう。『教行信証』は思索と体験とが渾然として一体をなした稀有の書である。それはその根柢に 深く抒情を湛えた芸術作品でさえある。実に親鸞のどの著述に接しても我々をまず打つものはその抒情の不思議な魅力であり、そしてこれは彼の豊かな体験の深 みから溢れ出たものにほかならない。
創業融資について、また発見があったらお知らせしますね。